代表
なぜ、AIを最後にする会社を作ったのか
IT、事業、経営、海外、製造業。外部顧問としても、内部の人間としても改革をやってきた。
どちらの側も経験したから、この順番にたどり着いた。
第1章
IT業界で育った
社会に出たのはインターネットの黎明期だった。周りにいたのは、世の中に一石を投じたい人たちで、新しい仕組みを作りたい人ばかりだった。
そこで身についたのは、技術そのものより「なぜこのやり方なのか」を問い続ける癖だった。
第2章
事業を作り、経営を経験した
無いものを作る側に立った。数字を作る責任、人を増やす責任、伸び悩んだときに何を変えるかの判断。提案する立場ではなく、結果を引き受ける立場を経験した。
第3章
海外で日本の強みに気づいた
外から日本を見て、初めて分かったことがある。日本の製造業が持っている技術力、品質へのこだわり、現場力は、当たり前ではない。
この事業をやる理由は、ここにある。日本の製造業は、まだ世界で通用する。
第4章
製造業に入った
ITとは時間軸も文化も違った。何十年も続く取引、現場に蓄積された判断、簡単には言語化されない技能。
IT業界の物差しで測ると「遅れている」に見える。だがその物差しのほうが、この産業には合っていなかった。
第5章
外部から改革した
外部の立場で提言する仕事もした。正しいことを言っても、実行されなければ何も変わらない。提案書は納品できるが、変化は納品できない。
提案で終わるやり方への違和感は、このときに固まった。
第6章
内部に入り、現場を見た
会社の中に入り、経営会議に出て、現場の社員と話し、業務を棚卸しし、目標を設計し、施策を実行した。失敗もした。修正もした。定着するまで見た。
一次情報まで降りないと見えないものがある。それが実感としての結論になった。
第7章
改革が進まない本当の理由を知った
改革が止まるのは、現場の意識が低いからではない。個人がそう振る舞うことが合理的になるように、構造が組まれている。
無理な受注を断れば個人が責められ、その結果の残業は別部署の数字になる。誰も間違っていないまま、問題だけが残る。
第8章
AIを最後にする会社を作った
システムを作る側にも、買う側にもいた。ベンダーの提案を評価する側にもいた。だから、何が過剰で何が必要かが分かる。
組織改革・業務改革・AI開発を一つの流れとして扱う。これがサイノスタイルの形になった。